シシリアン・ディフェンスは 1.e4 に対する黒の最も信頼性の高い応答の一つ。1.e4 e5 と並ぶ人気を誇る。シシリアンの局面は複雑で戦術的、かつ両者にとってさまざまに好機が生じるため、あらゆるレベルのプレイヤーに広く用いられている。
1.e4
白の最も一般的な初手。
1...c5
これがシシリアン・ディフェンス。駒の展開に寄与しない手のように見えるが、白の d2-d4 を牽制しつつ中央の陣地を確保しており、極めて有用な手。
2.Nf3
白はナイトを中央へ運び、この後 d2-d4 と突いたポーンをナイトで取り返す準備をする。
2...d6
シシリアンは変化の多い定跡であり、黒にはすでに幅広い選択肢がある。一般的な代替手は 2...Nc6 と 2...e6 で、それぞれ全く異なるオープニングとなる。どの変化も同等に有力であり、1...c5 以下の多様な機構・構成は多くのグランドマスターに好まれる。この黒 c,d ポーンの柔軟性がシシリアン人気の理由のひとつ。
3.d4
白は d4 のマスを奪い取り、残りの駒を展開するための陣地を開拓する。シシリアンのどの変化であっても、白 d2-d4 と指した局面はオープン・シシリアンに分類される。中央のポーンが交換され、開放的な局面である。もし白がシシリアンで d4 と指さない場合、その局面はクローズド・シシリアンと呼ばれる。
3...cxd4
黒はポーンを取る。白に d4,e4 とポーンを並ばせないのが c5 のポイント。白は中央のポーンと脇のポーンとを交換することになるため、そもそも白 3.d4 が悪手なのではないかと議論されたこともかつてはあった。しかし現在でもほとんどのプレイヤーは 3.d4 (オープン・シシリアン)と指す。中央のポーンを失っても割に合うほど、この手は小駒の働きを高めるからだ。ゲームは自然と動的かつ不均衡に満ちたものになる。
4.Nxd4
クイーンよりもナイトで取り返す方がオープニングの原則には適っている。白は中央のポーンを黒の c ポーンと交換してしまったものの、駒の展開と働きという点では優位に立っている。ちなみに 4.Qxg4 とクイーンで取り返す手も実際には可能であり、その場合は 4...Nc6 5.Bb5 と推移して本編と似た内容になる。
4...Nf6
最も柔軟性の高い手。シシリアンでの黒 g8 ナイトの展開先はほぼこの一択。
次の黒 5 手目の選択肢は多様で、互いに別々の局面、別々のポーン構造へと容易に変化する。これがシシリアンの人気の理由。
5.Nc3
白は自然にナイトを展開し e4 ポーンを守る。
5...g6
ここでも黒の選択肢は多い。a7-a6 と指せばナイドルフ・ヴァリエーションへと移行する。名は GM ミゲル・ナイドルフに由来し、ボビー・フィッシャーやガルリ・カスパロフも好んだ極めて有名な変化だ。g7-g6 の進行はシシリアン・ドラゴンまたはドラゴン・ヴァリエーションと呼ばれる。黒マスビショップをフィアンケットし、a1-h8 斜線に強く圧力をかける。この怪物的なドラゴン・ビショップが痛烈な反撃の筋をもたらすため、多くのグランドマスターがこのオープニングを好んで指す。5...e6(スヘフェニンゲン・シシリアン)や 5...Nc6(クラシカル・シシリアン)もよく知られた選択肢だ。
6.Be3
白は駒を展開し Nd4 を支える。
6...Bg3
g7-g6 を指した以上、次の手は Bg7。他に対応すべき明らかな脅威がない限り、Bg7 以外では辻褄が合わない。
7.f3
白は次に黒 Ng4 を許すと重要な黒マスビショップを狙われて嫌なので、この手で Ng4 を防ぐ。白はこのあと Qd2 から O-O-O として黒キングサイドへの攻撃を考えている。この進行とポーン配列は白のユーゴスラヴ・アタックとして知られ、ドラゴン・ヴァリエーションに対する白の最も挑戦的な応手と考えられている。
7...O-O
キャスリング。これ以上安全なキングの居場所はない。
8.Qd2
白はクイーンサイド・キャスリングに備える。クイーンサイドの主な利点は敵のキングをより容易に攻撃できる点だ。
8...Nc6
最も自然な位置、中央へとナイトを展開する。
9.Bc4
これはユーゴスラヴ・アタック 9.Bc4 ヴァリエーションと呼ばれており、白は Qd2, Be3, O-O-O, f3 からなる攻撃隊形を構成する。このビショップを展開する代わりに即座にキャスリングする選択もあり、ユーゴスラヴ・アタック 9.O-O-O ヴァリエーションと呼ばれる。
9...Bd7
黒は最後の小駒を展開し、Rc8 から c ファイルでの反撃を用意する。オープニングの着手はミドルゲームの計画に直結する。オープニングとミドルゲーム、両者は一見分かれているようだが、前者を後者へとつなぐ戦略は持っているべきだ。今回の場合、黒はすべての駒を相手のキングに向けて展開し、白はキングサイドへのポーン・ストームを準備している。
10.O-O-O
互いに逆側へのキャスリングが完了した。白は h2-h4-h5, Bh6 から h ファイルへの攻撃を仕掛け、対する黒は Ne5, Rc8, Qa5 などの手から白キングへの逆襲を狙う。両者にとって戦術の可能性は厖大であり、あらゆるチェスを通じて最も激しい局面だ。