ガリる〜米長永世棋聖vsボンクラーズ戦に寄せて
2012年1月14日。将棋の永世棋聖・米長邦雄日本将棋連盟会長とコンピューター将棋ソフトボンクラーズが対戦する第一回電王戦が行われ、ボンクラーズが勝ちました。既に引退した棋士とはいえコンピュータが公式の場で棋士に勝ったのは初の快挙。
しかし驚いたね。これに先立つ前哨戦で後手の米長永世棋聖は2手目△6二玉で観戦者の度肝を抜き、目も当てられないような完敗を喫しています。局後、永世棋聖は「ふだん指さない手を指すとかえって僕が難しくなるということも分かりましたので、本番ではふだんどおりで行きます」とおっしゃっていました。
で、本番。
先手ボンクラーズ、▲7六歩。
後手米長永世棋聖、△6二玉。
……え?また?
会長、またも観戦者の度肝を抜きました。
腰が抜けた人がいたでしょう。
アゴが外れた人がいたかもしれません。
鼻水が止まらなくなった人もいたと聞きます。
これは何だ?米長永世棋聖は、その稀代の勝負師の本能でボンクラーズの意表をつこうとしたのでしょうか?それとも「いや、よく考えたら△6二玉って俺のふだんどおりの手だったわw」ということなのでしょうか?
そして、この手にボンクラーズは意表をつかれたでしょうか?
もしこの2手目をみたボンクラーズが
「またかよ!それやらないんじゃなかったのかよ?……いや待てよ?その後の手順に修正を加えた新研究でもあるのかも?」
等と疑心暗鬼に陥るようなら、それはもう人工知能ではなく人工知性とでも呼ぶべきなのかもしれません。
それはそれでとても喜ばしいとも言えます。
(秘密の部屋の)ハーマイオニーそっくりの美少女アンドロイドに
人工知性をインストールして、メイド服着せて一家に一人置いておきたいというのは、全人類共通の夢(ロマン)ではないでしょうか!(握りこぶしっ)
永世棋聖が再度の△6二玉をどのような気持ちで指したのかはわかりません。ただ、ファンがどのような反応をするか本人にはよく判っていたとは思います。
この手こそコンピュータに対して序盤リードする最善の方策であるという勝負師・米長の冷徹な判断とともに、「この手でファンを釣れたら興行的に美味しいな♡」という、キテレツ興行師・米長としての茶目っ気もあったことと想像します。
実際、ネット上のファンの反応は様々でしたしね。
で、今回のイベントをチェスファンとしてのにゃんこむすめはどう見たか?ということなんですが。……正直、何ともなかったですね。だって。
チェス界では世界チャンピオンがコンピュータにとっくに負けてるからー!
1997年、当時の世界チャンピオン、ガリー・カスパロフがIBMの「ディープ・ブルー」と6番勝負を戦い、3.5対2.5のスコア(勝ち=1点、ドロー=0.5点で計算する)で破れる、という事件が起こりました。
当時のガリー・カスパロフは引退棋士でもないし実力が下り坂になっていたわけでもありません。当時の状況で(あるいは現在の現役プレイヤーと比較しても)史上最強、と評価する人もいます。少なくとも史上最も攻撃的なチャンピオンだという人もいます。にゃんこむすめもそう思います。
それは、カスパロフのチェスを(モーフィやアリョーヒンと比べて)美しいと思うかとか、カスパロフのチェスが(カパブランカやボビー・フィッシャーと比べて)好きかどうかとか、そういうこととは関係なしに、ただただ感嘆するしかないほどに強い、と思うのです。
下は、そのカスパロフとディープ・ブルーのマッチの初戦の棋譜。高度過ぎて詳しい解説は不可能ですが、ところどころ、にゃんこなりのコメント付けておきます。
米長会長と同じく(?)カスパロフは普段のチェスを捨てて「コンピュータのデータベース」を無効にしようということに腐心しているように見えます。
責任のない外野は色々と揶揄しますが、勝つための最善の策を練るというのは、勝負師としての本能なのかもしれません。中には「勝負」よりも自分の中の「美学」に準じる人もいるとは思いますけど。でも、まぁカスパロフは「勝つ」人ですから。
で、次がカスパロフとディープ・ブルーのマッチ最終戦。手数が短すぎてコメント付ける間もないほどにすぐ終わってます。
カスパロフは、今回の米長永世棋聖が可愛く思えてくるくらいの完敗を喫しています。棋譜を並べたカスパロフファンは、ほぼ全員あんぐりしてヨダレが止まらなくなっただろう、というぐらいの圧敗です。
このマッチについて、ブルース・パンドルフィー二(チェス棋士、チェス解説者)は次のように述べています。
「カスパロフは最善を尽くさなかった。カスパロフらしく指すことさえしなかった」
「変わったオープニングを選び、過度に注意深く指したということは、カスパロフの最大の武器である勇敢で華麗な差しまわしを使わずに戦ったことになる」
「その武器を使わなかったカスパロフにチャンスが訪れることはなかった」
そんなわけでチェス界では、少なくとも強さという指標において人間<コンピュータ が確定したのです。
ところで。
コンピュータは勝手に強くなったわけではないのだということを忘れてはいけないと思います。
我々は忘れてはいけない。ディープ・ブルーというコンピュータプログラムの裏には、マスタークラスのチェス棋士を超えるプログラムを開発したい、という純粋な夢に情熱を傾けた人間のたゆまぬ努力があったのだ、ということを。
そしてそれは、ボンクラーズについても同じ事が言えるはずです。
将棋においても、近い将来コンピュータは完全に人間を超えた力を手に入れるでしょう。人間を超える棋力を持つプログラムを完成させるために、開発者たちは素晴らしい努力を重ねることでしょう。
今回のボンクラーズ・ショックはそのことをまざまざと実感させてくれます。
いずれ現れる、名人・竜王を超える将棋ソフト。
その「扉」を開いた開発者の皆さんには惜しみない拍手を送りたいとも思うのです。
いつか餌食になってしまうであろうプロ棋士にとっては、屈辱的なことかもしれませんが。でもにゃんこむすめはたとえその時が来ても、正々堂々と戦ってくれたならその棋士に精一杯の拍手を送りたいと思います。正々堂々と戦えばですけど。
まぁ、コンピュータがどんなに強くなっても、藤井九段ほど人を感動させる序盤作戦を展開する将棋プログラムは出来そうもない
という気はしているんですけれどもね。最後に勝てるか勝てないかは別にして(ぉ