TOP50プレイヤー 26~50

TOP50プレイヤー 26~50

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chess24が50人の偉大なプレイヤーを紹介していたので私もざっと。
知らないプレイヤーについてはさらっと流して書きます。
1~10までのリンク
https://www.chess.com/ja/blog/monopaul-jp/top50pureiya-1-10
11~25までのリンク
https://www.chess.com/ja/blog/monopaul-jp/top50pureiya-11-25

50 Aron Nimzowitsch

Photo: Unknown via Per Skjoldager

My systemを書いた人、タバコ嫌いで有名。
ハイパーモダンの流れを作った一人であり、ニムゾインディアンディフェンスは現代のSGMにも愛用される定跡。
パスポーンは支配して、ブロックして、最終的に壊せという格言を残している。
不滅のツークツワンクがゲームとして有名か。

49 Sergey Karjakin

Photo: Niki Riga

2020年現在 12歳7か月で最年少GMになった人物。
世界王者への挑戦者となったが惜しくも届かなかった。
全く希望が無い状況でもひたすた耐え抜く様子から「ロシアの防衛大臣」の異名がある。

48 Lajos Portisch

Photograph copyright © 2006 Milan Kovacs

ハンガリーのボトビニクの異名をもつポジショナルプレイヤー。

47 Lev Polugaevsky

Courtesy of the Dutch National Archives, The Hague
Fotocollectie Algemeen Nederlands Persbureau (ANeFo), 1945-1989
Nummer toegang 2.24.01.05 Bestanddeelnummer 926-4780

シャープなシシリアンを愛用し、膨大なプレパレーションを武器とするプレイヤー。
対戦相手の心理も考慮した入念な準備を行い、本も出している。
タリが自分の研究にハマることを予言しており、25手目まで彼の手中にあった試合はあまりにも有名。
あと有名なのはセミスラブでのトレ戦で彼の手が発見されて以降、黒が悪いとわかりそのラインは廃れた。

46 Gata Kamsky

Gata Kamsky, Isle of Man, 2019
Photo: John Saunders/Isle of Man Chess

ミームとなったFamousF***ingLegend。
幼少時代父親から無理教育を受けながら、カルポフへ挑戦するレベルにまで成長した。
その後チェス界からいったん離れるも8年後に復帰した。
長期間本格的な大会から離れていたものの、レートの降下はなく素晴らしいパフォーマンスを発揮。
現在はロンドンシステムの先駆者として、ツウィッチで配信をしている。

45 Geza Maroczy

Photo: Cuba News

マローツィと呼ぶのかマロキシーと呼ぶのかいまだに発音がよくわかっていない。
彼の名を冠したMaroczyBindが非常に有名であり、アクセラドラゴンなどの一種のrefutationと私は思っている。

44 Peter Leko

Photo copyright © 2006 by Milan Kovacs (www.milankovacs.com)

解説でも引っ張りだこのレコさん。
クラムニクに挑戦した人物で、序盤の専門家として有名。
クラムニクに敗北してしまったカロカンの「ラストダンス」、クラムニクを破ったマーシャルが印象的。

43 Szymon Winawer

Szymon Winawer via Wikipedia

フレンチのWinawerを作った人。ウィナワーと呼んだり、ヴィナベルと呼んだり色々ある。

42 Miguel Najdorf

Bert Verhoeff / Anefo

シシリアンの最人気ラインナイドルフの創始者。
あの時代から端の重要性やハイクラスウェイティングムーブの存在に気づいていた。
Polish Immortalという名局を残している。
多分Polishは磨かれたという意味とポーランドという意味がかかっている。

41 Jan Timman

Photo source: http://gahetna.nl.

ソビエトを除く最強のプレイヤーという意味のThe Best of Westを背負った名プレイヤー。

40 Mikhail Chigorin

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:%D0%9C%D0%B8%D1%85%D0%B0%D0%B8%D0%BB_%D0%98%D0%B2%D0%B0%D0%BD%D0%BE%D0%B2%D0%B8%D1%87_%D0%A7%D0%B8%D0%B3%D0%BE%D1%80%D0%B8%D0%BD.jpg

古き時代のアタッカー。
チゴリンディフェンスからわかるように、少々アンサウンドながらも剛腕でなんとかするイメージ。
人によってはチャンピオンになれなかった最強クラスの人物の一人と数えるらしい。

39 Boris Gelfand

Photo: Yoav Nisenbaum / imt.chess.org.il

世界王者アナンドに挑戦したがタイブレイクで敗れた。
非常にポジショナルで戦略的なゲームを得意とし、あらゆるポジションの深い理解を備えている。

38 Efim Geller

Efim Geller via Wikipedia.

序盤研究に大いなる貢献を果たした人。
ナイドルフやKIDなどシャープな定跡は彼の研究があってこそ。
アルゼンチンの悲劇やカルポフのセカンドとして勤めていた時の盤外でのブランダーなど
面白いエピソードも多い。

37 Harry Pillsbury

Harry Pillsbury via Wikipedia.

アメリカの強豪プレイヤーで22局面目隠し同時などを軽くやってのけた。
ピルスベリーメイトという彼の名前を冠したメイトがある。

36 Carl Schlechter

Carl Schlechter via Wikipedia

ラスカーとの王者決定戦においてドローをとったオーストリアーハンガリー帝国のプレイヤー。
当時の王者決定戦は、王者が挑戦者を選ぶことができて、ドローならば王者がタイトル保持という王者有利のルールだった。

35 Vasyl Ivanchuk

Vasyl Ivanchuk at the 2017 World Cup. Photo: Maria Emelianova/Chess.com.

VassilyからVasylに最近名前が変わったが、チャッキーと呼べばモーマンタイ。
調子がいい時は世界のだれでも倒せるの異名を持ち、カスパロフを破った試合が有名か。
コミカルな話し方や仕草で人気。

34 Siegbert Tarrasch

Siegbert Tarrasch via Wikipedia

ジークベルト・タラッシュと呼ぶのがいいだろうか、色々な定跡で出るタラッシュというのはこの人。
チェス教育に多大な貢献をし、シュタイニッツのアイデアを一般化してピースモビリティーの重要性を説いた。
ルークエンドにおいて重要なタラッシュルールというのを明文化した。
ルークはパスポーンの後ろにあるべきだ、自分のでも相手のでも。
自分のパッサーの後ろにあれば、守りつつ推し進める駒になる。
相手の後ろにあれば、攻撃しつつ進行を最も妨げる駒になる。

33 Levon Aronian

Levon Aonian via Wikipedia

9歳という遅い時期にチェスを学び始めたが、世界2位までレートを上り詰めた天才。
タクティカルに富んだユニバーサルなプレイヤーであり、h4というポーン突きが一番好きとインタビューを残してる。
またエンジンはロマンスを破壊した、俺たちの敵だという発言も過去にしており感慨深い。
カールセンとの試合でポジショナルエクスチェンジサクリを決めて、相手のQの働きを阻害した試合が好み。

32 Reuben Fine

Reuben Fine via Chessgames

大学の心理学者でもあり、チェスの本や心理学の本を多数著作した。
チェスメトリックの調べによると、当時トップ10プレイヤーとして8年間その座を保った。

31 Efim Bogoljubov

Efim Bogoljubow. Photo: Wikimedia.

Bogo-Indianのボゴはこの人。ロシア生まれのドイツチェスプレイヤー。
私が白番ならば私が勝つ、なぜならば私が白番だからだ。
私が黒番ならば私が勝つ、なぜならば私がBogoljubovだからだ。
(Bogoljubovには神に愛されているという意味がある。)

30 Samuel Reshevsky

Samuel Reshevsky via chess.com

アメリカの神童、フィッシャー以前の神童と言えば彼があがるだろう。
8歳にして同時対局の格上側として多くのプレイヤーを打ちのめし、周囲を驚愕させた。
彼の両親は最初学校に通わせておらず、不適切な保護者として裁判所に呼び出されている。
しかしJulius Rosenwaldの助けもあり、ちゃんとした教育を受けられるようになった。
その後大学にも進学し会計士となり、プロチェスプレイヤーとはならなかった。
もちろん本人の幸せが一番だが、彼が本気でチェスをやっていたらアメリカのチェスはどうなっていたのか
フィッシャーはどうなっていたのかというifストーリーをつい妄想してしまう。

29 Bent Larsen

Bent Larsen via Wikipedia

変わった序盤を好み、想像的な手で相手を惑わせた西の強豪プレイヤー。
チェス界は当時ロシアが席巻しており、ロシア以外のプレイヤーはなかなか歯が立たなかった。
だがラーセンは最初に、他の国出身でもやれるんだぞと示したプレイヤーだろう。
ロシアvs残りの国というマッチにおいて、フィッシャーが、あのフィッシャーが一番ボードを譲った男。

28 Louis Charles Mahe de la Bourdonnais

Louis Charles Mahe de la Bourdonnais via Wikipedia

19世紀のチェスプレイヤー。
マクドネルとの試合で激しい駒損ながらも黒番で2ndランクにパスポーンを3つ並べた勝った試合が有名。

27 Johannes Zukertort

Johannes Zukertort via chess.com

シュタイニッツと世界チャンピオンの座をかけて戦ったプレイヤー。
かなりアタッキングなプレイも見受けられるが、1.c4や1.Nf3を指したことから時代を先取りしていた。
とある宴会で「チェスチャンピオンに乾杯を!」と司会者が言った時、ツケルトートとシュタイニッツが同時に立ち上がった
という話があるがこれは脚色されたものらしい。
Chess Notes 4360, by Edward G. Winter, 13 May 2006
https://www.chesshistory.com/winter/winter22.html#4360._Both_stood_up

26 Adolf Anderssen

Adolf Anderssen via Wikipedia

ああ、古き良き時代のロマン主義者。
チェス史上top10で有名な棋譜をあげろと言われれば、彼の不滅の名局が出てくる可能性が高い。
キングギャンビット、ダブルルークサクリファイス、クイーンサクリファイス、全ての犠牲でメイトする美しさ。
教養という意味でも一度並べてほしい。